ネコを怖がらない! マウス
鼻の奥の細胞から嗅いの情報を最初に受け取る「嗅球」と呼ばれる部位の神経回路に、危険を判断して逃避行動を起こす仕組みが遺伝的にプログラムされていて、その機能を壊すとマウスはネコを怖がらなくなるとのこと。
危険判断は環境による学習だけではない。たとえば、ヘビが「怖い」と感じるのも類人猿には遺伝子レベルですりこまれている。ヘビはその多くが毒を持ち噛まれると危険だが、そうした判断を行う前に嫌悪や恐怖を感じて遠ざかってしまう方が安全だ。恐怖とは、遺伝子が心に命じる危機回避の反応なのだ。
しかし、それが大脳ではなく低次の嗅覚器の神経回路に組み込まれているとは面白い。
哺乳(ほにゅう)類が天敵のにおいを怖がるのは危険な目に遭って学習した結果ではなく、生まれながらに嗅覚(きゅうかく)に備わった神経回路の働きによるものであることを東京大の坂野仁教授や小早川高・特任助教らの研究チームがマウスの実験で発見、8日付の英科学誌ネイチャー電子版に発表した。
この回路を壊したマウスは、ネコやキツネのにおいを識別しても怖がらず、逃げ出さなかった。
また、こうしたにおいによる危険の判断は、大脳の高次機能を担う領域ではなく、鼻の奥の細胞からにおいの情報を最初に受け取る「嗅球」と呼ばれる低次の部分で行われていることも判明。外界の情報を処理する脳神経回路の構造解明に役立つ成果だという。
チームは独自に開発した遺伝子操作の手法で、嗅球の一部の機能を失わせたマウスをつくった。腐った食べ物や天敵のキツネのにおいをかがせると、正常なマウスはにおいから逃げたり、すくんだりしたが、遺伝子操作したマウスはにおいを識別しているにもかかわらず逃げなかった。
チームは、この部位の神経回路に危険を判断して逃避行動を起こす仕組みが遺伝的にプログラムされているとみている。
坂野教授は「哺乳類の脳では、遺伝的に組み込まれた本能による判断の上に、環境による学習回路が積み重なっているのだろう」と話している。